イアン・ブレマー 氏Ian Bremmer
ユーラシア・グループ 社長
ジェーン・ホール・ルート 氏Jane Holl Lute
SICPAノースアメリカ プレジデントアンドCEO
エリック・シュミット 氏Eric Schmidt
元Google会長
シュミットフューチャーズ共同創始者
ボブ・モリッツBob Moritz
PwCグローバル会長
シェリー・アン 氏Shery Ahn
ブルームバーグニュース「Daybreak Asia」アンカー

2021年03月10日

リーダーシップ

Gゼロ時代の米中の技術覇権争いは
“技術の冷戦”か、“安定した緊張”か
──GZERO SUMMIT 2020より

世界経済と国際政治を主導してきた主要先進国が牽引力を失い、世界のリーダーが不在となりつつある「Gゼロ」時代。さらに昨年来の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックが、グローバル化の潮流に歯止めをかけた。その中で深まる米中両国の技術覇権争いは、特に先端技術分野におけるデカップリング(切り離し)をもたらし、サプライチェーンの混乱を招いたほか、各国の企業の戦略にも影響を及ぼし始めている。混迷の時代に、企業はいかなる世界観を踏まえて新たな戦略を築けばよいのか。2020年12月10日にオンラインで開催された「GZERO SUMMIT 2020」のジオ・テクノロジーをテーマとしたパネルディスカッションでは、ブルームバーグニュースのシェリー・アン氏がモデレーターを務め、ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏、SICPAノースアメリカ プレジデントアンドCEOのジェーン・ホール・ルート氏、元Google会長でシュミットフューチャーズ共同創始者のエリック・シュミット氏、PwCグローバル会長のボブ・モリッツが、テクノロジー分野における地政学的リスクの現状を分析し、近未来の世界秩序を展望した。
画像:ユーラシア・グループ提供

セッションの動画はこちら

目次

先進技術を巡る米中の技術覇権争いはグローバル化の終わりへつながるのか

イアン・ブレマー氏はまず、中国が急速な経済成長を遂げた背景に言及し、議論の口火を切った。中国の成長は、過去50年間に西側諸国が推進してきたグローバル化があったからこそ可能だった。こうした成長自体は、グローバル化がもたらすさまざまな恩恵とともに世界各国で歓迎されてきたものの、テクノロジーの分野では中国がグローバル企業の参入を阻みつつ国家資本主義モデルにより自国企業を成長させてきたことで、過去5年間で米中間のデカップリングが生じているとブレマー氏は分析。その上で、「グローバル化が終焉を迎えたわけではありませんが、“技術の冷戦”(technology cold war)が激化する中、これまでのように手放しでグローバル化の恩恵を享受し続けてはいられなくなるでしょう」と警鐘を鳴らした。

この意見に対しエリック・シュミット氏は、「冷戦という言い方は適正ではありません」と指摘した。同氏は、現在起きているのはグローバルテクノロジーのプラットフォームを巡る競争であり、よりよい技術の開発を目指して切磋琢磨しているこの状態は“安定した緊張”(stable tension)と呼ぶべきだ、と主張した。

5Gなどの先進技術を巡って溝を深める米中のデカップリングの状況を、技術の冷戦と呼ぶべきなのか、それとも安定した緊張と呼ぶべきなのか、意見は分かれた。ブレマー氏は、「米国と中国というテクノロジーの2大プレイヤーが並び立つ『T-2』時代は、今後10~20年間は続くでしょう。その点では安定と言えるかもしれません。しかし地政学的に見れば、水面下の秩序は不安定と言わざるを得ない。なぜなら、それを支えるアーキテクチャーや制度は米国と同盟国が作り上げてきた多国家間協調に基づく包摂的なものであり、テクノロジーや経済の現状を反映したものではないからです」と主張し、安定した緊張は短期的なもので、長期的視点では地政学的リスクが高まると訴えた。

続いて発言したジェーン・ホール・ルート氏は、「私も、今が安定した緊張の状態にあるかは疑わしいと思います。なぜなら、米国は分断されているし、世界中の政府は経済や社会に対するコントロールを失って苦戦しているからです。途上国の政府関係者と話していると、彼らはこの数世紀にわたり世界のルールが自分たちに都合の悪いように設定されてきたと感じているのが分かります。先進国が牽引してきた経済、社会、政治の発展は途上国の不利益の上に成り立っており、彼らはまだそこからの巻き返しを図れていません。こうした状況を反映しているのが、今世界中の人々がより強力な規範を求めているということ。その規範とは、包摂性(inclusivity)、透明性(transparency)、互恵性(reciprocity)、説明責任(accountability)の4つです。このような規範を求める動きがあるかぎり、安定とは呼べないのではないかと私は考えています」と述べた。

ルート氏の発言を全面的に認めた上でシュミット氏は、こうした緊張状態が生じる背景には現在のテクノロジーが持つ性質の影響があると指摘する。「今発展しているテクノロジーには、規模が大きいほど効果的であるという特徴があるため、結果的に少数の大企業や国家に利益が集中することになり、富も人口も十分に持たない小規模・中規模の国々は競争から弾き出されてしまいます。これはきわめて難しい問題です」と現状を分析した。

テクノロジーの競争に由来する地政学的リスクが政治や社会にもたらす影響に関するここまでの議論を受け、ボブ・モリッツは、こうした環境変化がビジネスに与える影響について言及した。「大国の大企業以外の企業は、この2軸対立の世界を生き抜いていかなければならないのが現実です。複雑化する環境や、高騰するコスト、価値観の異なる2つのシステム間のあつれきに対処しながら、事業をどう運営していくか、どう戦略的に動くべきかという難しい判断を迫られます。双方のルールが矛盾することもある中、どちらか一方を選ぶ企業もあれば、両立させようとする企業もあるでしょう。いずれにしても、そうした戦略的な判断をするためには適切なリーダーシップが必要になります」と、現代の経営判断の難しさを語った。

相互依存による抑止の可能性とその減衰リスク

COVID-19によって各国の経済・社会が多大なダメージを受ける中、デジタル化が世界規模で加速したことはポジティブな影響だったと捉えることもできる。しかしそれに伴い、リモートワークでセキュリティが万全でないネットワークが使われたり、ワクチンの研究情報に対する大規模なハッキングが起きたりと、サイバーセキュリティの脆弱性を顕在化するような事象も起きている。サイバーセキュリティの専門家であるルート氏はこうした脆弱性について、「きわめて高いと言わざるを得ません。今やIT、インターネット、データがなければどんな企業も価値を生み出すことができませんが、同時に、ユーザーはオンラインで何をするにも自分のデータやプライバシーが侵害されていないかどうか心配せずにはいられないのが実情です。サイバーセキュリティのリスクは急速に悪化しており、2年後にどんな問題が起きているのか、ましてやそれをどう解決できるのか、全く想像できないのです」と危機感をあらわにした。

これを受けてシュミット氏とブレマー氏が指摘したのは、データセキュリティを確保する技術はすでに確立されており、政府や企業はいつでも実装できるにもかかわらず、コストや利便性・政策が障害になって問題の解決に取り組めていないという現状だ。さらにシュミット氏は、攻撃を抑止するという観点から冷戦期における核抑止と比較しつつ、「核抑止には核兵器の保有によって恐怖の均衡を維持するという戦略がありましたが、サイバーセキュリティにおける抑止にはまだそうした戦略がなく、それを議論するための語彙すらありません」と述べ、安定した緊張関係においては「相互依存」が抑止力になり得るかもしれないと示唆した。一方、ブレマー氏は「冷戦時の米ソ間には相互依存と呼べるようなものはほとんどありませんでしたが、確かに現在米中の間には経済、貿易、そのほかにも外交上の諸方面で高い相互依存が存在しており、両国が冷戦状態に突入することは戦略上考えにくい状況です。ただし、先述のようにテクノロジーの分野でデカップリングが進んでいる現状を踏まえると、こうした相互依存関係は今後なくなりはしないとしても、減衰していく可能性は高い。そうなれば、この抑止力も効果を発揮しなくなるでしょう。その点からもやはり、地政学的に見れば状況はさほど安定していないと考えられます」と懸念を示した。

二極化する世界で日本に求められるアジア太平洋地域のリーダーシップ

ブレマー氏が言うように、今起きている5GやAIといったテクノロジーを巡るデカップリングが相互依存減衰につながるとすれば、技術競争の勝者がどのような価値観を持っているのか、それが技術の使い方にどう影響するのかを、世界は注視しなければならない。シュミット氏は、「最も可能性が高いシナリオは、中国モデルと西側モデルというそれぞれに異なる価値観を持つシステムが共存し続けることです。中国のシステムは批判にさらされがちですが、電子商取引など西欧諸国より進んでいる領域もあるという事実は尊重すべきです。複数のプラットフォームが対立しながら共存するという状態に適応していくことが、私たちには求められています」と持論を展開した。

ブレマー氏やシュミット氏の発言を踏まえてモリッツは、「共存は、政治でもビジネスでもリーダーが適応していくべき大きなチャレンジになります。今後10~20年で2つのモデルが共存する世界へ移行していくと思われますが、その過程で米中以外の国々は常にどのように振る舞うべきかをさまざまな角度から考えていかなければなりません。そのためには、リーダーにはきわめて高いスキルが求められるでしょう」と指摘した。その上で、「そのような時代に、大きなチャンスがあるのが日本です。状況を見極めながら柔軟に判断していくのは容易なことではありませんが、それがうまくいけば、日本はアジア太平洋地域で大きな役割を果たせるはずです」と述べ、日本のリーダーシップに期待を寄せた。

COVID-19で国際社会が閉ざされる中、リーダー不在のGゼロ時代の進展は加速している。不確実性が高い情勢の中で深まる米中両大国の技術覇権争いは、はたして技術の冷戦なのか、安定した緊張なのか。ブレマー氏が主張し、モリッツが展望したように、今後10~20年の不安定な状況をあくまで過渡期と捉え、戦略的な判断をするためのリーダーシップが日本に求められている。

イアン・ブレマー 氏の写真
イアン・ブレマー 氏Ian Bremmer

ユーラシア・グループ 社長

スタンフォード大学で旧ソ連圏における国家・統治システムの構築を研究、1994年に政治学博士号を取得後、同大学のフーバー研究所に入所。25歳で同研究所史上最年少のナショナル・フェローとなる。1998年、地政学的リスク分析を専門とするコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」を設立。国際情勢について分かりやすい情報を発信するGZERO Mediaも運営する。米『Time』誌の外交問題コラムニストおよび総合編集長、米公共テレビのレギュラー番組『GZERO World with Ian Bremmer』の司会を務めるほか、各国のメディアにも政治コメンテーターとして頻繁に出演。その傍ら、かつてはニューヨーク大学にて、現在はコロンビア大学国際公共政策大学院にて教鞭を執る。

ジェーン・ホール・ルート 氏の写真
ジェーン・ホール・ルート 氏Jane Holl Lute

SICPAノースアメリカ プレジデントアンドCEO

機密文書、重要産品等のセキュリティ保護ソリューションを提供するSICPAノースアメリカのプレジデントアンドCEO。平和構築・平和維持活動分野で複数の上級職を経験し、現在は国連事務総長特別顧問に任命されている。2009~2013年には米国国土安全保障省副長官を務める。

エリック・シュミット 氏の写真
エリック・シュミット 氏Eric Schmidt

元Google会長
シュミットフューチャーズ共同創始者

2001~2011年までGoogleの最高経営責任者(CEO)や会長を務め、創設者のセルゲイ・ブリン氏、ラリー・ペイジ氏とともにGoogleをシリコンバレーのスタートアップからグローバルリーダーへと導く。2017年には、世界に貢献する優れた人材への早期投資を行う慈善団体シュミットフューチャーズを設立。

ボブ・モリッツの写真
ボブ・モリッツBob Moritz

PwCグローバル会長

1985年に入所以来、一貫してPwCでアシュアランス分野におけるキャリアを積み、主に金融サービス業界を担当。日本にも3年間駐在し、日本やアジア地域で事業を展開する多数の欧米系金融サービス企業に監査およびアドバイザリーサービスを提供した。PwC米国アシュアランス部門の責任者、ニューヨーク地域のマネージングパートナーを経て、2009年にPwC米国の会長兼シニアパートナーに就任。2016年より現職として、155カ国に28万4,000人以上のスタッフを擁するPwCグローバルネットワークをリードする。Center for Audit Quality(CAQ)の理事会会長を2期務めたほか、Business Roundtable、Oswego College Foundation、Conference Boardなど多くの組織で要職に就く。また世界経済フォーラムでも、Partnering Against Corruption Initiative(PACI)のVanguard CEOを務めるなど積極的に活動している。米国公認会計士(ニューヨーク州、ニュージャージー州)。

シェリー・アン 氏の写真
シェリー・アン 氏Shery Ahn

ブルームバーグニュース「Daybreak Asia」アンカー

ニューヨークを拠点に、ブルームバーグTVで金融情報ニュース番組「Daybreak Asia」と「Daybreak Australia」のアンカーを務める。ボリビア育ちでスペイン語、英語、韓国語、日本語に堪能で、以前は香港を拠点にG20サミットや日本銀行の動向をレポートしていた。

トレンドタグ

タグ一覧

Follow us