深水 大輔 氏Daisuke Fukamizu
長島・大野・常松法律事務所
パートナー 弁護士
池田 雄一Yuichi Ikeda
PwCアドバイザリー合同会社
パートナー

2021年01月25日

DX

前編深水大輔氏×池田雄一対談 デジタルフォレンジックが
COVID-19の拡大で注目される必然

経済のグローバル化やサプライチェーンの拡大は、企業活動をダイナミックなものにする半面、その規模の大きさゆえに、ひとたび不正が発覚すると、従来とは比較にならないほどの大きなダメージを企業にもたらします。時に数千億円に及ぶ制裁金やレピュテーションリスクの増大が、企業の存続を左右することも珍しくありません。こうした状況を踏まえ、リスクマネジメントの分野で、品質偽装や不正取引といった不正・不祥事の発生時に、当事者間の通信記録などのデータを通じて事実関係を明らかにするデジタルフォレンジックの重要性が増しています。国内外の企業犯罪に関してグローバルな研究活動を展開し、各国当局への対応を含む大型の不正事案を多数手がけてきた深水大輔弁護士(長島・大野・常松法律事務所)と、PwCアドバイザリー合同会社パートナーとしてデジタルフォレンジックサービスを提供する池田雄一が、日本企業が抱える不正・不祥事のリスクと、その対策について意見を交わしました。

目次

なぜ日本企業で品質偽装などの不正事案が頻発するのか

ここ数年、日本を代表する企業による品質偽装や会計不正、贈収賄やカルテルなどの不正・不祥事の発覚が相次いでいます。サプライチェーンを含め企業活動がグローバル化し、不正の影響が広範囲に及ぶ中、こうした不正・不祥事は日本企業に対する世界の規制当局や産業界、消費者からの信頼低下につながります。日本企業は改めてコンプライアンス体制とリスクマネジメントのあり方を見直し、実効性の高い対策を講じるべき時期に来ていると思います。この点について、深水先生はどうお考えですか。

池田
池田
深水氏
深水氏

海外で不正に関する調査や制裁を受けたことのある日本企業の多くは、リスクマネジメントへの認識を改め、体制整備に努めています。しかし、そのような企業は全体から見ると少数派で、リスクマネジメントへの認識と対応が必ずしも十分とは言えない日本企業も少なくありません。

その理由はどこに求めればよいのでしょうか。日本企業に特有の問題なのか、企業を取り巻く産業界や社会システム全体の問題なのか。

池田
池田
深水氏
深水氏

1つは日本企業に一般的に見られる組織的特徴です。「終身雇用・年功序列」に象徴される伝統的な日本企業の雇用環境のもとでは、企業に対する従業員の高い忠誠心が期待できる半面、不正の発生時には、個人が告発を控えることになりがちです。状況によっては、不正を告発することで自身の雇用が損なわれたり、昇格が遅れたり、職場での居心地が悪くなったりするリスクをとるよりも、事なかれ主義を貫いたほうがいいと考えてしまうのも、やむを得ない面があります。加えて、日本と欧米の企業とでは、コンプライアンスやリスクマネジメントの位置付けが異なる点にも注目すべきでしょう。

日本企業では、経営陣が成長を期してアクセルを踏み、法務やコンプライアンスを担当する部門がブレーキをかける役割を担うものだという認識が一般的ですね。

池田
池田
深水氏
深水氏

はい。一方、欧米企業のオフィスでは、基本的に社長の隣に法務のトップ、あるいはゼネラルカウンセル(最高法務責任者)が座ります。このレイアウトが意味するように、法務・コンプライアンス部門は、リスクをマネジメントする上では経営と不可分な存在なのです。社長は事業の成長に軸足を置いてリスクを考え、ゼネラルカウンセルは法令やコンプライアンスに軸足を置いてリスクを考えます。正と負に分けず、両面からアプローチして戦略を策定する必要があります。

アクセルとブレーキではなく、社長がハンドルを握り、助手席にゼネラルカウンセルが座って、リスクを回避しながら同じゴールを目指すということですね。

池田
池田
深水氏
深水氏

そのとおりです。ゼネラルカウンセルは助手席から、「このルートは最短距離ではないものの、ぬかるみにはまるリスクは回避できるので、結果的には最短の時間で目的地に到達する」と助言し、経営者を導くことができるのです。こうした観点に基づいた企業運営が日本でも増えることを期待したいですね。

「実直な企業」がかえって損をする風潮を放置してはならない

深水氏
深水氏

もう1つ、日本における不正の公表について考えるべき大事な点があります。本来、コンプライアンスに真剣に取り組むほど、その企業の不正は見つかりやすくなります。しかし日本では、そのように不正を検知した企業が、その事実を率先して公表すると、コンプライアンスに真剣に取り組まない企業よりもダメージがかえって大きくなってしまいかねない環境があります。

確かに、欧米では不正を最初に公表した企業よりも、同じ問題を隠し続けて後から公表した企業がより厳しく批判されますが、日本では逆にいち早く公表に踏み切った企業ほど多くの批判にさらされ、ブランドイメージが大きく毀損されがちです。

池田
池田
深水氏
深水氏

企業の不正は一般論として、最初の公表から時間が経過するほどニュースバリューが低下していきます。このため、ある業界で複数の企業が同じ不正をしていた場合でも、「他社より後に公表したほうが得だから、黙っておこう」というモラルハザードが生まれてしまいます。しかし、同程度の不正をしていたのであれば、率先して不正を公表した企業が受ける経済的な損失とレピュテーションへのダメージとの総和が、公表を先送りした企業や、公表をしなかった企業より大きいというのは、アンフェアであると言わざるを得ません。不正の公表に関する積極度と受けるダメージのバランスについて、専門家による議論が必要だと思います。

独占禁止法にはリニエンシー制度(違反を自主申告した企業が課徴金の減免を受ける制度)がありますが、こうした制度をより広範に導入するなどの対応をイメージすればよいでしょうか。

池田
池田
深水氏
深水氏

基本的にはご理解のとおりです。後で公表した企業に対しては、レピュテーションへのダメージが少ない分、監督官庁がより重い制裁を下す仕組みを設けるような方策も考えられます。日本では「一罰百戒」という言葉に示されるように、脚光を浴びた一件の不正事案が法的に処理された時点で社会正義が実現され、問題が解決したかのような空気が醸成されがちです。しかし本来は、その企業がどのような再発防止策を講じ、同業他社も含めてコンプライアンスの強化に努めたかという変化を確認するほうが社会にとって重要なはずです。欧米では、企業がコンプライアンスにリソースを投入し、コストをかけて不正を根絶する努力をすると正当に評価される仕組みが整いつつあります。この内外のギャップをどのように埋めていくかについても、議論の必要があると考えています。

不正に関するコミュニケーションがデジタル化・多様化している

ここで不正の発見や確認、原因究明などの対応に話を進めたいと思います。不正や不祥事が発覚すると、企業は事実の実態究明と、根本原因の分析、利害関係者への情報開示、影響額の公表などを、当局や社会から求められます。そのための、科学的な手法を用いた一連の調査をフォレンジックと呼びますが、現在は業務のデジタル化が進んだことに伴って、パソコンやEメールといったデジタルデータの調査、いわゆる「デジタルフォレンジック」が主流となっています。

池田
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深水氏
深水氏

米国の民事訴訟には、裁判所や訴訟当事者の求めに応じて相手方や第三者に証拠の提出を義務付けるディスカバリー(証拠開示手続)制度があります。フォレンジックは、この非常に広範な証拠開示手続とともに発達してきました。訴訟に限らず、当局による調査や捜査、企業の第三者委員会による調査などの際は、事実の確認に必要な情報(証拠)を把握する必要があります。このうち、紙の書類ではなく電子的に保存されている情報を対象とするディスカバリーをeディスカバリーと言います。eディスカバリーについては、かつてはEメールの履歴を見れば不正の全体像や不正に至る経過を把握できることが多かったのですが、最近はコミュニケーションの手段も使用するデバイスも多岐にわたりますので、より幅広い調査が必要になります。

特に近年は、スマートフォンのチャットアプリで連絡を取り合うことが増えていますね。

池田
池田
深水氏
深水氏

チャットを含むデジタルコミュニケーションの履歴は証拠として非常に重要になっています。ただ、Eメールはどの企業もデータをアーカイブする仕組みをある程度整備しているのですが、チャットや携帯電話で行われるコミュニケーションについては、データ利用に関するルールや本社・子会社間の共有体制などの整備が追い付いていない企業も少なくないのが実情です。同じチャットでも、国によって使われているサービスの種類が異なるといった問題もあります。こうした混沌とした状況で、タイムリーにきちんと情報を押さえるためには、高いスキルを備えたデジタルフォレンジックの専門家と協力しながら、課題を1つずつクリアしていく必要があります。

携帯電話に関しては、個人所有の端末と社用の端末との切り分けが難しいですね。個人の端末の場合は企業調査の一環としてデータを取得してよいのかどうか、取得するにはどのような手続きを踏む必要があるのかといった実務上の課題も出てきます。

池田
池田
深水氏
深水氏

ご指摘のとおり、GDPR(General Data Protection Regulation:EU一般データ保護規則)をはじめ、個人情報の保護に関するグローバルな法規が毎年アップデートされていますので、常に関連法規に注意しながら調査を進めなければなりません。また、企業が従業員を調査して得た証拠を安易に当局に提出してしまうと、国によっては労働者の権利を侵害したと評価されてしまうこともあり得ます。

先ほど深水先生が「情報をタイムリーに押さえる」とおっしゃいましたが、この「タイムリーに」という点は非常に重要ですね。デジタルコミュニケーションでは、デバイスを扱う本人がすぐにデータを削除できてしまいます。欧米では、ディスカバリーに対応することを前提に、データのアーカイブや過去に遡った抽出ができる情報システムやツールを導入している企業が多く、その場合はユーザーがデータを意図的に消去しても追跡が可能です。日本でもこうした必要性を想定して、平時からEメールやチャットのデータをアーカイブし、何かあったときには遡って取得できるようなシステムの導入を進める必要があると感じています。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大でデジタル化のインセンティブが高まっている今、データのバックアップを含めたデジタルフォレンジックへの対応も進めやすくなっているかもしれません。

池田
池田
深水氏
深水氏

COVID-19の拡大はデジタル化の契機にもなり得ますが、一方で不正・不祥事の「有事」が発生するリスクも高まっていますね。情報管理の適切性や業務の透明性をどのように担保するかという点で、多くの企業が変革を迫られています。

確かに、リモートワークが普及すれば、証憑の原本確認などが従来よりも難しくなりますし、海外出張を含む移動が制限されることによって、調達、製造、流通、販売といった拠点のオペレーションも見えにくくなります。また一般的に、売上の低下が長期化すると、個人や担当部署レベルでの販売実績の偽装や、各種の不正隠蔽が誘発されがちになります。こうしたリスクへの対策として、業務の流れやコミュニケーションの推移などを遠隔地から可視化するシステムなど、現下の状況に即した管理基盤の整備が求められますが、その点からもデジタルフォレンジックは注目されていると言えます。

池田
池田
深水氏
深水氏

「有事対応から平時の備えへ」というコンプライアンスの流れがデジタルフォレンジックの分野でも加速するのかもしれません。

そうですね。最新のテクノロジーを取り入れたデジタルフォレンジックの変化や進化の方向性について、後編でさらに議論を深めていきたいと思います。

池田
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深水大輔氏×池田雄一対談【後編】AI活用でリアルタイムに不正を検知デジタルフォレンジックの可能性

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深水大輔氏×池田雄一対談【後編】AI活用でリアルタイムに不正を検知デジタルフォレンジックの可能性

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深水 大輔 氏Daisuke Fukamizu

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パートナー 弁護士

東京都立大学法学部卒業後、東京大学法科大学院修了。2008年長島・大野・常松法律事務所に入所し、2012年に公認不正検査士資格を取得する。2015年には英国King’s College LondonにおいてEU競争法を学んだ後、Kirkland & Ellis LLPのシカゴオフィスにて1年間、ホワイトカラークライム等の分野を中心とした知見を得て帰国。危機管理・企業不祥事対応、コンプライアンス、競争法、金融レギュレーションなどの分野でグローバルな当局対応を含む大型企業事件を多数手がける。信州大学特任准教授として、国内外で企業犯罪に関する研究にも取り組んでいる。2019年にAsian Legal Business(ALB)において40 Asia Outstanding Legal Professionals 40に選出。2020年にはALBにおいてYoung Lawyer of the Year受賞。The Legal 500 Asia Pacific 2021においてNext Generation Partnersに選出。経済産業省「Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会」委員(2020年)。

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池田 雄一Yuichi Ikeda

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パートナー

海外訴訟および海外規制当局の調査によって生じるeディスカバリーや不正調査などに用いられるデジタルフォレンジックを専門とする。製造業、金融機関、医療機器・製薬、商社などさまざまな業界において日本企業が直面する内部不正の調査対応から、海外訴訟、海外規制当局によるカルテルや海外腐敗行為の調査など世界各国との連携が必要となる複雑なクロスボーダー案件まで、幅広い分野での経験を有する。

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