鼎談風景の写真
髙山 弘太郎 氏Kotaro Takayama
豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所 教授
愛媛大学 大学院農学研究科 教授
野口 伸 氏Noboru Noguchi
北海道大学 大学院農学研究院
副研究院長・教授
西原 立Ryu Nishihara
PwCあらた有限責任監査法人
ディレクター

2020年11月02日

後編野口伸氏×髙山弘太郎氏×西原立鼎談 持続可能な社会を作る
「スマートアグリシティ」の実現

データ駆動型農業は、農業従事者の高齢化・後継者不足といった目前の課題を解消するだけではありません。その先に目指すのは、農業を地域の中核産業へと押し上げ、経済成長や教育、福祉、ライフスタイルの変革をもたらす「スマートアグリシティ」の実現です。農業の未来を大きく変えるスマートアグリシティの可能性について、日本のスマート農業推進をリードしてきた北海道大学大学院農学研究院教授の野口伸氏と、植物生体情報計測技術によって先進的な食料生産の確立を目指す豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所・愛媛大学大学院農学研究科教授の髙山弘太郎氏、PwCあらた有限責任監査法人で農業を核とした社会発展のあり方を構想するディレクターの西原立が、それぞれのビジョンを共有しました。(文中敬称略)

フードチェーンのデジタルツインを構築し、生育モデルを世界規模で最適化

西原

前編では政府や農業の現場では数十年後のあるべき農業の姿がまだ描けていないというお話がありましたが、野口先生と髙山先生は2050年の農業を取り巻く環境についてどのようなビジョンを描いていらっしゃいますか。

野口

日本農業研究所の報告書によれば2050年を迎える頃には、日本の農業従事者は2010年比で約5分の1になると予想されています。つまり、5倍の生産性を達成しなければ、現在と同量の食料供給はできないということです。自ずと今の技術の延長線上では、成り立たなくなってきますから、例えば数十センチの小型ロボット数百台で農作業を行うなど、革新的な技術の開発が求められます。さらに、労働力の維持だけでなく、生産から収穫、加工、流通、消費に至るフードチェーン全体を最適化していかなければなりません。サイバースペースでフードチェーンをモデリングし、ビッグデータとAIを活用して、これまで作れなかった作物の栽培や短期間での栽培を可能にする方法を見つけ、それをフィジカルスペースで実践するという取り組みが必要です。

西原

Society 5.0が目指している仕組みですね。

野口

まさにそのとおりです。特定の気象環境下の栽培モデルや作物の生育モデルに加え、加工、流通、ロジスティクス、消費などのシステムまで含めてAIでモデリングし、それに基づいて実地空間でロボットが作業するという、ロボットとAIが共進化していくような仕組みです。

そのためにはやはりデータプラットフォームが重要です。日本には農業データ連携基盤(WAGRI)がありますし、国連食糧農業機関(FAO)や米国、EUにもあります。それらのプラットフォームとの共通化・標準化を進めて、データを集約していくべきでしょう。こうした仕組みが整備されれば、例えば、南国で磨き上げたマンゴーの生育モデルに日本の特定地域の気象データを適用するとどうなるかを解析し、栽培の可否をサイバースペースで判定できます。各地域で100年、200年かけて現地に最適化されてきた栽培ノウハウを、デジタルツインによって他の地域向けに即座に最適化し直せるのです。

西原

生産、加工、販売、流通までが結合したシステムが実現し、世界中で生産モデルの共有と最適化ができる。それが2050年の姿ということですね。

野口

2050年の時点では世界中とまではいかないかもしれませんが、アジア、特に日本と気象や耕地の条件が似ていて水稲栽培が中心の地域内では十分に展開可能だと思います。

西原

日本で開発したスマート農業のモデルが輸出されれば、国際競争力の向上にもつながりますね。髙山先生はいかがですか。

髙山

施設園芸では温度や湿度、二酸化炭素濃度などを調整することで露地ではあり得ない環境を作り出し、圧倒的な生産量を達成してきました。次のブレイクスルーは、光合成などの植物の生育情報を数時間単位で計測して反映させていくといった、より科学的で高精度な生体情報の活用にあります。

これが実現できると、施設園芸は生物生産を実践する科学産業として認知されるはずです。さらにそれが人々の食を支え、人類に貢献しているということが消費者にも広く理解されれば、農業はより尊敬される産業になるというのが、私の描く2050年のイメージです。

スマート農業が地域全体を活性化させる中核産業へ

西原

私が考える2050年の姿は、スマート農業が地域の中核産業となり、経済、生き方、教育、福祉にまで広がる「スマートアグリシティ」の実現にあります。先生方が指摘するように、2050年にはデータ駆動型農業が普及し、科学に基づく生産モデルが共有されて収量や品質が向上する。その進化がさらに、農場を超えて社会にまで広がることを想定しています。

今は「スマート農業」という言葉は、下図の左側で示すような自動化、省力化、人手不足解消や生産性向上のソリューションとして認知されていますが、私はこれを社会との連携・連帯まで広げ、まちづくりやライフスタイルそのものを提案する言葉として再定義したいと考えています。

例えば、農作物だけを載せた車が自動運転で集荷場まで行けるようになれば、自動車の運転免許を返納した高齢の生産者も農業を生涯続けられるようになります。また、遠隔操作のロボット農機が普及すれば、都市在住者や専業主婦、高齢者、入院患者など、これまで農業に携わる機会のなかった人たちが収穫作業に参加し、収入を得られるようにもなる。受刑者の方の更正プログラムにも活用できるかもしれません。学校では、教育用コンピューターを使ったプログラミング教育でスマート農業に関連した授業も可能でしょう。ほかにもアグリツーリズムによる観光産業、施設園芸に必要なクリーンエネルギーを生み出すエネルギー産業など、多様な産業を全てスマート農業と紐づけることができます。農地にとどまらず、地域全体を活性化させるスマートアグリシティこそが、スマート農業の目指すべき姿だと思うのです。

図:スマート農業これから
スマートアグリシティ構想

野口

とても興味深い構想ですね。われわれが取り組んでいる岩見沢市のプロジェクトも、農業を中核として地域活性化につなげたいという思いで進めてきましたので、大いに共感できます。特に遠隔農業は重要だと思います。これから地方は人口が減少して公共交通が衰退し、山間部から町へ人が集まるコンパクトシティ化が進むことが予想されています。ただ、山間部の農地は文化的な景観でもあるので、荒廃させてはいけません。そのためにも都市で生活しながら遠隔農業をすることは1つの選択肢になり得ます。

髙山

私が所属する豊橋技術科学大学のある愛知県豊橋市でも、スマートアグリテックシティを目指す動きがあります。豊橋市には工場が多く、工場用の自動走行ロボットを生産している企業もあるのですが、その技術を応用して、例えば毎日軽トラックで往復2時間かけて出荷場へ作物を配送する作業を自動化すれば、農業生産者の負担を大幅に軽減できます。その実現に向けて、市と大学、商工会議所などが連携を始めているところです。

このプロジェクトでは農業生産のアウトプットも重視しています。地域のフランス料理店と農業生産者が連携し、地元で生産された作物の特徴を生かしたコース料理を提供するなど、スマート農業の成果を市民に見える形で提供する取り組みを進めています。

西原

Farm to Fork(農場から食卓まで)という言葉があるように、市民に食べて美味しいと感じる体験をしてもらうところまで含めて農業を展開するというのは、スマートアグリシティにつながる発想ですね。

スマート農業が提案する未来の社会

西原

遠隔農業については、人生100年時代と呼ばれるこれからの私たちのライフスタイルを考える上でも重要ではないかと思っています。都市部から遠隔で農業に携わることが可能になれば、会社員として働きながら農業にも取り組めるし、退職後も引き続き収入と生きがいを得られるようになります。ニューノーマルと言われ、働き方や生き方そのものが変わりつつある今だからこそ、スマート農業が未来のライフスタイルを提案できる好機ではないでしょうか。

野口

確かにそうですね。農業経験がなくても最適な栽培ができるようになれば、誰もが新しい生活を始められます。ライフスタイルまで変えるほどの大きな変化を求めようとすると、自然を相手にする第1次産業に回帰するのが人間としての本来の姿なのかもしれません。

西原

まちづくりからライフスタイルの変革までを提案できるような産業は、農業のほかにはないような気がします。ここにこそ、農業本来のミッションがあるのではないかと。

髙山

農業は自然災害などの影響を受けたりすることはありますが、基本的には何らかの収穫が得られて、負の側面が少ないハッピーな産業ですから、まちづくりや人々の生活に影響を与えるさまざまな機能を前向きに試しやすいのではないでしょうか。

野口

農業を中心に日本の将来像を描いていくとき、従来培われてきた農業技術は当然今後も必要ではありますが、一方でこれからは不連続な変化が求められるようになってきます。そこでは、農業以外の異なる視点からの発想や提案が重要です。PwCが2050年の日本の農業のあるべき姿を踏まえたバックキャストで大きなビジョンを描いていることは、非常に心強く感じます。

髙山

未来のまちづくりや、新しい農業の社会実装、社会がどのように農業技術を支えるのかといった仕組みを構想されているのはすばらしいですね。私たちは学術領域で技術を開発していますが、その中だけで閉じてしまわず、社会に向けてその重要性を発信し、生産者や消費者とつながりながら一緒に食料生産のあり方を考えていかなければなりません。学術領域と、生産者、そして企業が連携することで、スマート農業の発展を加速できるのではないかと期待しています。

西原

農業は食料生産を支えるだけでなく、働き方やライフスタイルを変える、産業競争力を高める、社会課題を解決するなど、多くの可能性を秘めています。ビジネスと学術、農業生産の現場の視点をかけあわせながら、農業の力を最大限に生かしたスマートアグリシティを実現していければと思います。本日はありがとうございました。

鼎談を終えて

西原

野口先生、髙山先生の取り組みについてうかがって、あらためて日本の技術力の高さを感じました。スマート農業というと自動化ばかりが注目されがちですが、農地・農作物の状態を精緻に計測し、きめ細かく制御することで品質や収量の増大につなげるための技術は、日本が世界をリードしていることを再確認できました。また、単に国内農業の支援にとどまらず、スマート農業の海外展開も見据えていることをお聞きし、スマートアグリシティを含めた成長産業としての農業の可能性が見えたことは大きな収穫です。高度な技術力に加えて、データ活用をさらに促進する仕組みができれば、日本のデータ駆動型農業は大きく発展するはずです。その実現に向けて、PwCが持つビジネスモデルの開発やデータ解析における強みと総合力を生かした支援をしていきたいと考えています。

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野口伸氏×髙山弘太郎氏×西原立鼎談【前編】農業はロボットとデータ活用を基盤とする科学産業へ

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野口伸氏×髙山弘太郎氏×西原立鼎談【前編】農業はロボットとデータ活用を基盤とする科学産業へ

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野口 伸 氏Noboru Noguchi

北海道大学 大学院農学研究院
副研究院長・教授

1990年、北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。同研究科助教授を経て、2004年より教授。2014~2018年度は内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」のプログラムディレクターを務める。またSIP、農林水産省、情報通信研究機構などのプロジェクトにおけるスマート農業の実証実験に携わるほか、2019年より北海道岩見沢市で実施しているスマート農業の社会実装およびスマートアグリシティ実現に向けたプロジェクトを主導する。

髙山 弘太郎 氏の写真
髙山 弘太郎 氏Kotaro Takayama

豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所 教授
愛媛大学 大学院農学研究科 教授

2004年、東京大学大学院農学生命科学研究科生物・環境工学専攻博士後期課程修了。2017年より愛媛大学大学院農学研究科教授、2019年より豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所教授。植物工場など施設生産の高度化に向けて、植物生体情報を計測する技術研究に従事し、2017年10月より農林水産省委託プロジェクト 人工知能未来農業創造プロジェクト「AIを活用した栽培・労務管理の最適化技術の開発」の研究代表者を務める。

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西原 立Ryu Nishihara

PwCあらた有限責任監査法人
ディレクター

2000年PwCあらた有限責任監査法人に入所以来、アドバイザリー業務に携わる。金融機関のクライアントを中心に、保険数理、数理統計、金融工学などを活用した定量的なアドバイザリー業務に多数従事。近年はAIを活用したアドバイザリー業務も多く手がけており、農業分野における数理統計・AI適用など、スマート農業の分野にも力を入れている。また、農業分野での経験を生かしながら、ESG、SDGs、地方創生などの社会課題にも積極的に取り組む。

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