鼎談風景の写真
髙山 弘太郎 氏Kotaro Takayama
豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所 教授
愛媛大学 大学院農学研究科 教授
野口 伸 氏Noboru Noguchi
北海道大学 大学院農学研究院
副研究院長・教授
西原 立Ryu Nishihara
PwCあらた有限責任監査法人
ディレクター

2020年10月26日

前編野口伸氏×髙山弘太郎氏×西原立鼎談 農業はロボットとデータ活用を
基盤とする科学産業へ

AI(人工知能)を使った画像分析やビッグデータ解析、ロボット技術を活用した「スマート農業」の社会実装が進みつつあります。しかし、他の分野のDX(デジタルトランスフォーメーション)同様、デジタルの力を最大限に発揮して産業全体を変革し、真のスマート農業を実現するためには、データ収集や投資、人材育成などさまざまな側面で課題を乗り越える必要があります。日本の競争力向上にもつながると期待されるスマート農業の現状と未来の農業のあるべき姿について、無人トラクターなど車両系ロボット農機開発の第一人者である北海道大学大学院農学研究院教授の野口伸氏と、植物生体情報計測の研究で高い評価を得ている豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所・愛媛大学大学院農学研究科教授の髙山弘太郎氏、PwCあらた有限責任監査法人で農業のDX実現に向けたプロジェクトを推進するディレクター西原立が議論しました。(文中敬称略)

「篤農家のようなロボット」「太陽光を1秒も無駄にしない植物工場」で真のスマート農業を目指す

西原

日本の農業分野は、少子高齢化や新規参入の難しさによる農業従事者の減少、食料自給率の低下など、さまざまな課題に直面しています。PwCは、監査・コンサルティングのノウハウやデータ分析・AI活用の技術を生かしてデータ駆動型農業を推進すべく、農業分野でいくつかのプロジェクトを手がけています。私自身はもともと金融や保険数理関連のアドバイザリーを行ってきたのですが、数理統計を用いたデータ分析やAI技術などの知見を応用できる点が多いと感じ、現在はスマート農業の支援に注力しています。

今回は、日本のスマート農業推進をリードする野口先生と、農林水産省のAIプロジェクトでご一緒している髙山先生とともに、これからの農業が目指す姿について議論させていただきたいと思います。まずはお二人が現在取り組まれている研究と、注力しているテーマについてお聞かせいただけますか。

野口

私が研究している農業ロボットは、屋外で生育する米や麦、大豆といった露地栽培が対象で、世界でも日本が先行しています。ただ、実際のところ栽培の対象となる作物は限られていますし、まだ「スマート」とは言えません。決まった農作業を行うことはできても、作物の生育状況を見て最適な対応を判断することまではできないからです。人手不足を補うだけでなく、生産性を大幅に上げるためには、状況に応じて適切な処方箋を考える、いわゆる篤農家のような能力が必要です。そこで、国内の通信事業者と連携し、北海道岩見沢市で農業ロボットをスマート化するための実証実験に取り組んでいます。作業をしながら自動的に大量のデータを収集し、それをクラウドプラットフォームに上げて処理する仕組みを作って、AIとロボット農機による真のスマート農業を実現することを目指しています。

同時に、ロボットの小型化も重要だと考えています。現状のロボット農機は大型で大規模農場向きですが、実際に人手不足で困っているのは中山間地の棚田のような現場です。そうした環境で役立てるには、従来の大型ロボット農機とは全く異なる発想で、小型のロボットを安価かつ大量に作る技術が必要だと考えています。

5台の無人トラクターがオペレーターの監視のもと、協調作業を行う
(提供:北海道大学)
1991年に北海道大学が試作したロボットトラクター1号機

西原

髙山先生は、どのようなテーマに注力されていますか。

髙山

私は、ビニールハウスやガラス温室で植物を育成する施設園芸の高度化に取り組んでいます。施設園芸では温度や湿度、二酸化炭素濃度などの環境要因をコントロールできますが、精密な制御が可能な施設は現時点ではまだ限られています。特に太陽光の制御は難しいのですが、植物の生長を支える光合成を促進するためには、太陽光のエネルギーを1秒たりとも無駄にしたくありません。光合成ができるのは太陽光が十分にある昼間の数時間だけなので、それが少しでも短くなると、植物の生育にとって大きな機会損失となるのです。逆に言うと、1秒も逃さず完璧な光合成ができる環境を整えられれば、ハイスペックな太陽光植物工場で高精度な生体情報を活用した農業生産が可能になります。

そうした高度かつ経済的合理性の高い農業生産のプロトタイプを作ることを目指しており、現在はそのために必要な生体情報計測技術の開発に注力しています。

髙山教授を中心とした研究チームが開発した「光合成計測システム」
(提供:愛媛大学)

質の良いデータをどう集め、信頼性をどう担保するか

西原

野口先生は屋外で気候に合わせて植物を育てる露地栽培、髙山先生はビニールハウスなどを使った施設園芸において、それぞれデータを活用したスマート化、高度化に取り組んでいらっしゃるわけですね。露地と施設では、必要なデータの種類は異なるのでしょうか。

髙山

そうですね。露地栽培と施設園芸の大きな違いは、収集したデータの分析に基づくフィードバックがどこまでできるかという点だと思います。施設園芸では実の色づきや茎の伸び、花のつき方といった刻々と変わる詳細なデータを、1時間後の環境調節に活用することができます。一方、露地栽培ではそうした時間単位での対応が求められるわけではありませんので、収集すべきデータも必然的に変わってきます。

野口

露地栽培では気象はコントロールできませんから、そうした制御不能な要因に左右されるデータは計測しても意味がありません。また、計測のコストと、そこから得られる価値とのバランスの問題もあります。いくら高精度なデータを取っても、それによって収量が多少増えたというだけではコストが見合わない場合が多いのです。計測環境という点でも、晴れの日と曇りの日では太陽光の影響が異なり計測値が変動してしまうので、比較可能なデータが取れません。精確な計測をするためには、夜間に照明を当てて行うなどの工夫が要ります。

西原

施設園芸のほうがデータを取りやすいのですね。

髙山

確かに、計測しやすい環境ではあるので、研究レベルでは必要なデータを収集できています。ただ、生産現場のニーズがあるのは、質の高いデータです。現場の方たちからすると、データにエラーが含まれていると信用できなくなってしまうので、データの確からしさを踏まえて研究側がクレンジングをして、信頼できる情報として提供しなければなりません。

野口

データの質は間違いなく重要です。今はとにかくデータを収集しようという段階で、質をどう保証するかという点はまだ十分に議論されていません。特に農業の場合、データ自体も、その背後にある農作業も、地域や個々の農家によってさまざまなので、どんなデータを取るのかという整理と標準化が必要です。また、農業分野では計測データの範囲外の事象を予測する「補外」ができないという問題もあります。気象データは変動が大きく予測が難しいので、それに基づいて実際のアクションを判断するのはリスクが高いのです。

西原

予測が外れることで、農作物が全滅するといった実害が出てしまいかねませんからね。計測範囲外の事象をどう考慮すべきかについては、農業に限らず、自動運転など実世界でAIを活用するさまざまな分野で問題となっています。AIの判断の信頼性を担保し、リスクを管理するためのAIガバナンスの確立は、避けては通れないテーマです。

いずれにしても、単にデータを集めればいいというわけではなく、スマート農業を構築するための質の高いデータが現場から集まるよう仕組みを整え、その共有されたデータを活用する取り組みが重要になりますね。

野口

そのためにも、まずはデータプラットフォームを整備しなければなりません。一方で、プラットフォームを作っても、生産者はメリットが感じられなければデータを共有してくれないでしょう。データ活用によって自分たちの農業生産にどんな価値が生まれるのかを理解してもらう必要があります。

西原

データの共有にコストがかかるようでは協力してもらえませんから、生産者にとってローコストで、自動的にデータが集まるような仕組みが求められますね。

未来の農業生産者には科学的バックグラウンドが必要

西原

収集したデータを活用する上ではどんな課題があるのでしょうか。

野口

露地栽培では、気候変動の大きなトレンドも考慮しないと、せっかく収集したデータがそのままでは使えない場合があります。例えば、これまで九州で栽培できていたものが気候変動の影響で作れなくなり、北海道が適地になる、といったことが起きています。そうなると、九州のそのときの気象条件と栽培方法を、数年後の北海道の気象や耕地の条件に当てはめたらどうなるのかを計算し、モデリングしなければなりません。そこまでできるだけのデータセットはまだ揃っていませんね。

西原

気候変動の要因を調整するためのデータを含め、項目を精査しないと、実際に使えるデータにはならないのですね。その点、施設園芸は環境をコントロールできるので、データも活用しやすいと思いますが、どうでしょうか。

髙山

確かに、施設内の環境制御技術の性能はどんどん上がっていて、湿度も二酸化炭素も精密にコントロールできるようにはなってきましたが、ただ、それらが植物に対してどのような影響を及ぼすのかという合理的なモデルを理解していなければ、適切な環境にすることはできません。科学的バックグラウンドがない生産者の多くは、こうした技術をどう使えばよいのか分からず戸惑っています。マニュアルがないと設定値を調整できない、と言われるのですが、野口先生がおっしゃったように気候や地域によって変動がありますから、全てがマニュアル化できるわけではないのです。データを理解して、戦略を立てることができなければ、宝の持ち腐れになってしまいます。

これは施設園芸に限った話かもしれませんが、将来はデータを分析して活用できる人しか農業を続けられなくなるでしょうし、データを経営判断につなげられる人が農業の担い手になっていくでしょう。そのためには、学術と農業の現場が連携しながらそうした農業人材を育成していくことが非常に重要になると思います。

ユースケースの蓄積がスマート農業の発展を加速する

西原

ここまでうかがったお話から、データ駆動型農業は個々の生産者の取り組みだけで実現するものではなく、データ収集の仕組みやデータプラットフォーム、データの標準化や質の担保まで含めた運用体制などを社会的なインフラとして整備していかなければならないと感じます。これを加速するために必要なものは何でしょうか。

野口

今おっしゃったようなインフラの整備は日本の農業を20年、30年後まで健全化するためにも必須ですから、私は国費を投入すべきではないかと考えています。ただし、何を目指してどのようなデータを取り、どのような使い方をするのかをきちんと議論し、そこからバックキャストで考えて政策を立てなければなりません。そこまでやるには、民間の力だけでは難しいのではないでしょうか。

西原

ファイナンスをどうするのかは、社会にとって極めて重要なテーマですね。私は農業の経済合理性を高めるためには、国費だけに頼るのではなく、民間で自走する必要もあると考えています。

野口

ビジネスの世界にいらっしゃる西原さんから見て、民間での自走は可能だと思われますか。

西原

今、社会全体が持続可能な発展に向けたSDGsやESG(環境、社会、ガバナンス)の重要性に気がつき、その方向へと動いていることに、民間自走の可能性を感じます。従来の経済合理性中心の考え方を超えて持続可能な社会を実現するためのお金の流れが生まれていますから、その一環として農業分野への投資も増えてくるのではないでしょうか。

野口

それは希望が持てますね。

西原

そうですね。私たちとしても、ぜひそのようなファイナンスの実現に寄与していきたいと思っています。ファイナンスの手法はどうあれ、野口先生が指摘されたように、目指すべき姿からバックキャストで考えることは非常に重要ですね。

野口

はい。とはいえ、20年後のあるべき姿を描くというところまではまだ達していないのが実情です。今はまずデータプラットフォームを作り、良いユースケースをできるだけたくさん提案して、広く周知し、多くの方に使ってもらう段階だと思っています。

髙山

私も同じ意見です。モデルケースを作り、採算が取れるという実例を知ってもらうことが重要だと思います。限定的ではありますが、冒頭でお話ししたハイレベルな太陽光植物工場はそのモデルケースになり得ると考えています。大規模かつ最先端のユースケースを見せることで、「なぜこれほどの投資が必要なのか」「どれだけ価値ある情報が得られるのか」「どういうハードウェアが必要なのか」といった点についての理解につながり、どうすれば自走できるのかを示す旗印となります。そこから取り組みが広がっていくのではないでしょうか。

西原

野口先生が推進されている岩見沢市のプロジェクトや、髙山先生が取り組まれている植物工場が世界をリードするユースケースとなって、スマート農業の発展を牽引していくことを期待しています。

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野口伸氏×髙山弘太郎氏×西原立鼎談【後編】持続可能な社会を作る「スマートアグリシティ」の実現

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野口伸氏×髙山弘太郎氏×西原立鼎談【後編】持続可能な社会を作る「スマートアグリシティ」の実現

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野口 伸 氏Noboru Noguchi

北海道大学 大学院農学研究院
副研究院長・教授

1990年、北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。同研究科助教授を経て、2004年より教授。2014~2018年度は内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「次世代農林水産業創造技術」のプログラムディレクターを務める。またSIP、農林水産省、情報通信研究機構などのプロジェクトにおけるスマート農業の実証実験に携わるほか、2019年より北海道岩見沢市で実施しているスマート農業の社会実装およびスマートアグリシティ実現に向けたプロジェクトを主導する。

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髙山 弘太郎 氏Kotaro Takayama

豊橋技術科学大学 エレクトロニクス先端融合研究所 教授
愛媛大学 大学院農学研究科 教授

2004年、東京大学大学院農学生命科学研究科生物・環境工学専攻博士後期課程修了。2017年より愛媛大学大学院農学研究科教授、2019年より豊橋技術科学大学エレクトロニクス先端融合研究所教授。植物工場など施設生産の高度化に向けて、植物生体情報を計測する技術研究に従事し、2017年10月より農林水産省委託プロジェクト 人工知能未来農業創造プロジェクト「AIを活用した栽培・労務管理の最適化技術の開発」の研究代表者を務める。

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西原 立Ryu Nishihara

PwCあらた有限責任監査法人
ディレクター

2000年PwCあらた有限責任監査法人に入所以来、アドバイザリー業務に携わる。金融機関のクライアントを中心に、保険数理、数理統計、金融工学などを活用した定量的なアドバイザリー業務に多数従事。近年はAIを活用したアドバイザリー業務も多く手がけており、農業分野における数理統計・AI適用など、スマート農業の分野にも力を入れている。また、農業分野での経験を生かしながら、ESG、SDGs、地方創生などの社会課題にも積極的に取り組む。

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