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佐々木 亮輔Ryosuke Sasaki
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
組織人事・チェンジマネジメント
長谷川 文二郎 氏Bunjiro Hasegawa
一般社団法人42 Tokyo 事務局長

2020年04月27日

前編長谷川文二郎氏×佐々木亮輔対談 革新的教育機関「42」が提案する
新しい学びの形

教科書もない、授業もない、講師もいないパリ発のエンジニア養成機関「42(フォーティーツー)」の東京校「42 Tokyo」が、2019年11月に設立されました。完全無料で24時間365日オープンし、生徒同士で学び合う革新的な教育システムを実践する42は、世界に何をもたらすのか。前編では、42のパリ校で学び、現在は42 Tokyoの事務局長を務める長谷川文二郎氏と、PwCコンサルティング合同会社で組織人事・チェンジマネジメント分野のリーダーを務める佐々木亮輔が、人間の本質を浮き彫りにする入学試験「Piscine(ピシン)」の裏側や、現代のビジネスに求められる右脳的スキルを引き出す仕組みについて語り合います。(文中敬称略)

プールに突き落とされて、もがき続ける4週間

佐々木

42の入学試験は、フランス語でプールを意味する「Piscine」というそうですが、これは何を意図しているのですか。

長谷川

言葉通りで、全員プールサイドに並べられていきなり深いプールに突き落とされるような感じです。プールは足がつかないので、もがき続けなければ溺れます。私がパリ校で試験を受けたときには、初日から入館用のセキュリティカードを渡されただけで、何の説明もありませんでした。試験会場のパソコンはユーザー名とパスワードがないと開きませんが、それも受け取っていない。途方に暮れていると、隣にいたインドから来た受験生がWi-Fiのパスワードからユーザー登録の方法までいろいろと教えてくれたのですが、彼女自身も周りの人に聞いて方法が分かったというのです。万事そんなスタイルです。黙っていたら試験に参加できないので、周りに聞くなりして何とかしないといけない。不思議なもので、最初は泳げない人も必死にもがいているうちに泳げるようになるんですよね。4週間の中でそれぞれの受験生にさまざまなドラマが起きました。

佐々木

非常に興味深い試験ですね。中には溺れていく人もいるわけですか?

長谷川

自分が受けた試験は半数以上が途中で脱落していきました。ただそれはこういうスタイルに合わなかったということなので、一発勝負の試験に受かったものの入学してからやっぱり違った、というよりもよい仕組みなのではと思います。コンサルティング業界もプールのように自力で泳ぐという印象があるのですが、実際はどうですか。

佐々木

そういった側面もあるかもしれませんが、最初に浮くための練習はしますし、クロール、平泳ぎとコースは決まっているイメージです。

長谷川

なるほど。私は42 Tokyoで学んでみて、これはビジネスの世界に近いんじゃないかなと感じていたんですよね。型やコースこそ決められているかもしれませんが、泳ぐか泳がないかは自分次第、あとはうまく泳ぐ方法を自分で体得していく、というように。

佐々木

確かにそうですね。42を日本に持ってこようという話は、どういう経緯で決まったのですか。

長谷川

42 TokyoはDMM.comグループの支援を受けて設立されたのですが、同グループの創業者である亀山敬司会長は、専門学校を中退して露天商などで生計を立てていた経験があります。そのため、「多くの人に機会を与えたい」という思いから、私塾であるDMMアカデミーを設立しました。私はそこに生徒として入塾し、のちに運営側に回っていました。そのときに「ビジネスを体系的に教えられない」という壁にぶつかっていて、同じ頃にパリに42があるのを知り、入学しました。実際に42のやり方を体験してみて、これなら課題を解決できるかもしれないと考え、日本に持ってくることにしたのです。佐々木さんも人材育成に携わる立場だと思いますが、ビジネスを教えるのは難しくないですか。

佐々木

型にはめれば型通りの人材になってしまうし、ある程度は型を学ばせないと「型破り」な人材も育たない。どこまで教えるのかが、本当に難しいですね。

長谷川

私はDMMアカデミーの頃から「商売人力」がキーワードだと思っていました。近江商人の「三方良し」は、周りを立てながら自分も実利を得る思想ですよね。商売人は野心があり、周りからも信頼される存在でなければならない。そういう人はどうすれば生まれてくるのかを考えると、42のやり方はまさにそれなんです。42に集まってくるのは、向上心と付き合いやすさを兼ね備えた人間としてすごくよい人か、ある程度技術があって人に教えるスキルがある人の2タイプ。つまり「商売人力」を高め合える環境なんですね。PwCのような規模の大きい企業では、どのように教育を行っているのですか。

佐々木

研修はしっかり体系化されていて、プレゼンテーション資料のつくり方やソフトウェアの使い方といった、自分でインプットして身につけるタイプのスキルはeラーニングで学ぶ仕組みが整っていますが、こうしたスキルは陳腐化も速いので、常に各自で学習に取り組んでもらうしかありません。では会社としてどうするかというと、今最も重視しているのは、異なる知識やスキルを持つ人を集めていろいろな経験をさせること、そこで化学反応を起こし、他者の価値観を受け入れながら実践力や現場力を養うことです。それこそ、商売人力ですね。経験というと日本ではすぐにOJT(On-the-Job Training)といわれますが、OJTでは失敗をさせにくく、本質的なチャレンジや自学ができないのです。だから、失敗が許されるOff-JTも同時にやらないとスキルは上がりません。そういう意味で42は見知らぬ人同士が一緒に経験を積み、陳腐化しない本質的なスキルを身につけられる場だと思うのですが、いかがですか。

長谷川

おっしゃる通りですね。42はエンジニア養成学校と思われがちですが、実はソフトウェアは手段にすぎなくて、本来の目的はスキルではなく、どんなスキルや状況にも対応できる人間としての土台をつくることだと思っています。その土台をつくるために、いろいろな経験を用意しているのです。

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左脳的スキルを入り口に、右脳的スキルを身につける

長谷川

42 Tokyoの課題は、生徒たちと社会をどう接続していくかです。日本の大手企業は学歴社会ではないといいながら、学歴のフィルタリングを手放さないので、技術力とコミュニケーション力がいくら高くても、高卒で42を出たというエンジニアがその後に活躍できるフィールドがあるのかを懸念しています。

佐々木

42出身者は、今企業が求めているイノベーティブ人材にすごく適しているのではないでしょうか。企業には論理的思考力をはじめとする左脳的スキルを持つ人はいますが、そこはいずれAIに置き換えられてしまう可能性があります。そうすると、本当に必要なのは課題発見力、課題解決力、創造力、適応力、リーダーシップといった右脳的なヒューマンスキルになります。42は、プログラミングという左脳的なカリキュラムを手段としながら、右脳的スキルをも育てられる場ですよね。右脳的スキルの習得は、今の社会が抱える最大の命題ですし、42はそのモデルになると思います。

長谷川

左脳から入って右脳を活性化することは、まさに42の思想そのものだと思います。左脳的に知識として理解していることでも、実践できるかどうかは別問題だと認識しているので、実践せざるを得ないような仕組みとして埋め込んでいるんです。例えば、42の特徴であるピアラーニングにしても、課題を解いた後には生徒同士でのレビューを経ないと先へ進めないのですが、レビューを受けるには、42オリジナルのポイントを獲得する必要がある仕組みになっています。ポイントは誰かのレビューをすれば獲得できるようになっているので、嫌でもレビューをしなければなりません。正直、私も最初はフランス語があまり話せなかったのでフランス人とやりとりをするのが怖くて躊躇したのですが、実際に声をかけてみると何てことはなくて、分からないところをちゃんと教えてくれる。勇気を出して何回もレビューをしていると、次第にコミュニケーションしたほうが得だと思えてくるんです。そうなると、レビュー回数が増えて学習効率がぐんぐん上がっていきます。それを経験したとき、42のカリキュラムはすごいと感動しました。必ずしも助け合って学ぶという性善説的な考え方ではなく、そういう仕組みで右脳を活性化するところが42の教育システムなのだと思います。

佐々木

経験を積むことで自分が変わっていくのを実感するわけですね。PwCでも今、「アップスキリング」というこれからの時代に向けた学びの取り組みを推進していますが、その中でも、学び続けるマインドセットや、学びにつながる関係づくりの重要性を訴えています。何もないところに放り込まれるのに、それを楽しめるマインドセットができるという42の仕組みは、その点からも実にうまくできていますね。

長谷川

42 Tokyoを開く前、日本ではPiscineに誰も受からないだろうといわれたことがありました。「正解を求める」という日本の教育システムとは大きく違うからです。ただ、私はそうした既存の教育システムを42に入れ替えようとしているわけではなく、新しい選択肢を増やすだけだから大丈夫だと確信していました。例えるなら、日本は野球大国だから野球を選ぶ人が多かったけど、新しくサッカーコートができたら、やっぱりサッカーを始める人も出てくるわけです。野球は下手だけどサッカーは得意という人もいますから。同じように、正解を求める教育が肌に合う人も合わない人もいる。教育システムも、個性に合わせて選べる状態のほうが健全ではないでしょうか。

佐々木

日本でのスタートは順調ですか。

長谷川

うまくいっていると自信を持っていえます。申込者は5,000人を超えましたし、受験した人たちはしっかり泳いでくれています。ただ、課題も見えてきました。42はバカンス文化圏のヨーロッパで生まれたので、Piscineが4週間あってもヨーロッパの社会人は休みを取って受験できます。しかし日本の社会人は、長期でも10日間くらいしか休暇を取れませんよね。どうやってPiscineを日本に合わせてアップデートするか、今考えているところです。

過酷な環境でも楽しみながら学べる場所に

長谷川

個人的には、42に行くことをエベレストへ登山するような状況にすることを目指しています。「あそこは危ないよ」と言われても、みんなワクワクしながら出かけていき「これがエベレストか……」と言いながら、時々滑落しつつ這い上がっていく。そういう場所にしたいですね。

佐々木

いいですね。42には「卒業」という概念もないそうですから、頂上まで登る人もいれば、早く下山する人もいる。千差万別の学びの形があるのでしょうね。

長谷川

本当に人それぞれです。エベレストの頂上には何もないですよね。42の頂上も同じで、最高レベル21というスキルに対する目標値は設定していますが、到達できても何か特別なことがあるわけではありません。仮にレベル21を取ったとしても、採用する企業にはその数字に意味はなく、実際に何ができるのかが重要ですよね。だから、自分の目標を持たないと続けるのは難しいかもしれません。そもそも学歴不問で誰にでもチャンスを与えることが42の設立趣旨なので、入学してからも学歴を目的とせず、必要な実力がついたら卒業すればいいという考え方なんです。

佐々木

企業と共同で課題をやることもあるんですよね。それがきっかけでスカウトされることもあるんですか。

長谷川

42には15カ国共通の基礎的なカリキュラムはありますが、イベントやオプショナルな課題については協賛企業と一緒にアイデアソンをしたり、イベントを実施したりすることもあります。そうしたイベントを通じて生徒と企業のリレーションができて、企業からスカウトされるのはよくあることです。自分の原体験もそうですが、「働くぞ」と思って企業に勤めるよりも、「いつの間にか働いていた」という状況になるのが理想ですね。

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長谷川文二郎氏×佐々木亮輔対談【後編】ポジティブなストーリーの積み重ねが変革につながる

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長谷川文二郎氏×佐々木亮輔対談【後編】ポジティブなストーリーの積み重ねが変革につながる

近藤 洋祐 氏の写真
長谷川 文二郎 氏Bunjiro Hasegawa

一般社団法人42 Tokyo
事務局長

1995年生まれ。高校卒業後、寿司屋や植木屋などさまざまな仕事を経て、DMMアカデミー1期生としてDMM.comへ入社。その後、同アカデミーの運営に携わる中で「42」を知ったことをきっかけに、フランスの42パリ校へ入学。現在、DMMにて一般社団法人42 Tokyoの事務局長を務める。

北川 友彦の写真
佐々木 亮輔Ryosuke Sasaki

PwCコンサルティング合同会社
パートナー
組織人事・チェンジマネジメント

20年以上にわたり日系グローバル企業の本社と海外拠点において日本人および外国人経営幹部を巻き込む変革コンサルティングに従事。本社機能の再編、地域統括会社の機能強化、バックオフィス機能の組織再編と業務改革、海外営業組織の再編と能力強化、M&A(DD/PMI)、海外経営幹部の選抜と育成、チェンジマネジメント、組織文化改革など国内外のさまざまな変革プロジェクトの経験を持つ。シンガポールとニューヨークでの駐在など海外経験が豊富で、日本だけでなくアジアや欧米のベストプラクティスに精通している。タレントマネジメントやチェンジマネジメントに関する講演や寄稿も多数。

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