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イアン・ブレマー 氏Ian Bremmer
ユーラシア・グループ社長
木村 浩一郎Koichiro Kimura
PwC Japan グループ代表

2020年02月17日

リーダー不在の時代に、分断を超えた「信頼」を構築できるか?
――GZERO SUMMIT 2019より

近年、G7を構成する主要先進国が指導力を失い、リーダー不在の「Gゼロ」の時代へと突入しつつある。さらに、米中対立の舞台である先端技術を巡る「テクノ冷戦」が足元で進む中、企業は地政学への理解を深めて、今後起こり得るリスクや課題に立ち向かわなければならない。このような時代に日本企業が考慮しなければならないポイントは何か。2019年11月18日に開催された「GZERO SUMMIT 2019」では、ユーラシア・グループのイアン・ブレマー氏が「米国による秩序の終焉」をテーマに講演。続くキーノートパネルディスカッションでは、PwC Japanグループ代表の木村浩一郎らがパネリストとして登壇。「ジオテクノロジーで激変するGZERO世界:AI活用時代を見据えた国際協調と産官連携の必要性」と題した同パネルディスカッションで、木村はGゼロ世界におけるデータ活用とガバナンスのあり方を提言した。

地政学的な後退がもたらす脅威とグローバリゼーションの危機

「中国が大きな決断を下しました。欧米に対抗すべく、基準やルール、インフラ、サプライチェーンに至るまで、中国独自の技術システムの構築を積極的に進めています。この出来事は、ここ30年間で最も重大な地政学的決断です」

ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏は、基調講演の中で、地政学的に見た大きな動きを指摘した。

これはグローバリゼーションに対する最大の脅威でもある。グローバリゼーションによって、何億人もの人々が貧困から救い出され、健康で生産的な生活が送れるようになった。それがなぜ、危機に見舞われることになったのか。ブレマー氏は、今が「世界の大転換期」だと指摘する。

背景にあるのは地政学的後退による国際的な脅威の増大だ。地政学的後退とは、国際的なシステムの機能や各国間の関係が悪化し、共通の価値観が分断されるサイクルに入ったということである。米国主導の世界秩序が終わりを告げ、気候変動やサイバー紛争、テロ、脱工業化革命など多くの暗雲が世界を覆い、政府が自国民の要求に応えるのが難しくなっている。誰かをスケープゴートに仕立て、自国民を守ることを掲げるポピュリストたちが台頭している。

「最も心配すべきなのは、こうした人々の怒りが、世界経済が比較的好調なときに生まれていることです。今後世界経済が減速すれば、自国民に不人気の政府は、海外、特に隣国との間で問題を起こすことで国民の支持を集め、国民の注意を逸らそうとするでしょう。それによって各国政府間の相互不信が生まれ、紛争につながっていく可能性が高まるのです」とブレマー氏は警鐘を鳴らす。

地政学的後退は、グローバリゼーションそのものにインパクトをもたらす。グローバルエコノミーは米国主導の世界秩序の終焉という状況に地域や業界ごとに個別に適合しようとしている。ブレマー氏は、食糧、金属、エネルギーといったコモディティ市場におけるグローバリゼーションは拡大する一方で、テクノロジーの進展により労働の役割が変わることで、モノやサービス市場のグローバリゼーションは鈍化するだろうと予測する。

さらに、米国と中国はデジタル社会において、それぞれ異なる生態系をつくり上げている。米国では、IoTやAI、5Gなどのテクノロジー技術は民間企業が立ち上げ、それを政府が緩やかに規制している。中国では、これらを政府が完全に統制している。こうした複数の異なるテクノロジーの生態系の並立は、グローバリゼーションにとって脅威となる。ブレマー氏は、「自由主義国が競争に敗れる可能性がある」と強調する。

こうした状況を打破するために、ブレマー氏は2つのことを提案している。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」のようにデジタル世界の基本的なルールを策定する政府間組織の設立と、デジタル版WTO(世界貿易機関)の設立だ。加えて、日本にリーダーシップを期待する領域として「世界経済の持続的成長への貢献」「米中の協力関係の促進」「多国間機関への働きかけ」「サイバー領域での国際連携とモニタリング」「国際的な人道支援の調整役」の5つを挙げた。

「信頼できるリーダー不在のGゼロの世界にあって、この空白が埋められるかどうかは、この会場にいる私たちをはじめ、世界において影響力を持っている人々の力にかかっています」

産官学の有力者が集うGZERO SUMMITの会場に向け、ブレマー氏はこう訴えて講演を締めくくった。

AI時代に求められる「信頼」と「信頼」を生み出すガバナンスモデル

「デジタル経済における1回戦は、GAFAなどのプラットフォーマーが勝利しました。各社はデジタルの強みを生かし、ネットワークを使って発展してきたのです。しかし、金融や自動運転などのテクノロジーにおけるデータ活用が主流になる2回戦では、『信頼』こそが成功のカギを握るでしょう」

ブレマー氏の基調講演に続き、キーノートパネルディスカッションに登壇したPwC Japanグループ代表の木村浩一郎は、あらゆる経済活動においてAIの活用が加速度的に進みつつある中で、これからはAIの活用に必要不可欠なデータの信頼性をいかに担保するかが重要になると述べた。

信頼をベースとしたデータ活用を実現するには、木村が「360°AIガバナンス」と呼ぶ、あらゆるステークホルダーを巻き込む包摂的なアプローチが必要となる(図1)。これまでロボティクスやドローンといったスマートテックにおいては、図1の左側中央に示されるスマートテック製品やサービスを開発・提供するメーカーの役割のみが注目されがちであった。しかしAIの利活用においては、それを取り巻くより大きなエコシステムを考慮すべきだと木村は強調する。

「AIを実装した製品やサービスを開発・提供するメーカーに資金を投資する投資家、データを提供するデータアグリゲーターやプロバイダーに加え、アプリケーションを実際に使うユーザー、さらにはその裏側にもっと広い世論や社会が存在します。こうした一般の人たちの声が最終的には規制当局あるいは行政に大きな影響を及ぼすことになるので、その存在はきわめて重要です。信頼とはこうした幅広いステークホルダーを視野に入れた、包摂的なガバナンスモデルによって生み出されていくものです」

360°AIガバナンスの図
図1 360°AIガバナンス

木村は、実際にAIを活用するためのガバナンスモデルの構築方法についても提示した。それが「AIガバナンスフォーミュラ」(図2)である。フォーミュラには「AI技術の成熟度」「社会的な価値」「使用するデータのプライバシーレベル」「影響を受ける人数」「リスクの深刻度」「リスクが起こる確率」「ガバナンスツールの幅」という7つの項目が含まれている。

「AIの利活用では、ユースケースに応じて検討すべき要素が異なります。どのようなAI技術なのか――ブラックボックス型なのか、もっと成熟したテクノロジーなのか。社会的な価値はどこにあるのか――個人なのか、国なのか、あるいは規制なのか、イノベーションなのか。例えばモビリティにおいてAIを利活用する場合を考えると、現時点ではこれらすべての要素をシビアにコントロールしていくガバナンスが求められます。このようにユースケースに合わせて適切なガバナンスモデルをつくっていく必要があるのです」(木村)

AIガバナンスフォーミュラの図
図2 AIガバナンスフォーミュラ

イデオロギーを超えた共通点を見出す

「AIを活用するためのガバナンスモデルの構築においては、国境や官民の立場の違いを越えて協力し合わなければなりません。イデオロギーが1つのファクトであれば企業はそれを否定しないと思いますが、イデオロギーは私たちの目的ではありません。最大の目的は人類の繁栄です。私たちが取り組むべきなのは、互いに共通点を見つけ、それをビジネスの成功に結びつけていくことです」(木村)

今、米国と中国はイデオロギー的に立場が異なる。経済政策も異なり、プライバシーへの取り組みも違う。「PwCは世界157カ国でビジネスを展開していますが、中でも米国と中国は重要です。その違いに着目することもできますが、共通点も実はたくさんあります」と木村は指摘する。AIガバナンスフォーミュラを使って各要素のレバーの位置を設定していくと、そうした共通点が見えてくるという。

「こうした共通点に着目すれば、米国でも、中国でも、さらにその他の国々でも信頼を担保できるようなガバナンスモデルを構築することができるはずです」

信頼構築に向けた最適なガバナンスを模索

木村は最適なガバナンスモデルを探り続けているビジネスリーダーの存在が重要だと語る。「さまざまなビジネス環境において共通点を追求し、成功できるモデルを模索しています。彼らこそがガバナンスモデル構築のエキスパートといえるでしょう」

理想的なコントロールとはどういうものかをフレキシブルに考えていく姿勢が、地政学的後退が進むGゼロ時代にテクノロジーを活用していく上で、不可欠になる。

「ガバナンスとは、単に全部を開示することではありません。原則や規制、最終的にはテクノロジーによってデータの利用状況をモニタリングすることも必要でしょう。適切なAI活用のガバナンスモデルを設けて、公正な形で信頼を構築するようなソリューションはあり得るはずです」と木村は信頼をベースとしたAI活用の可能性をあらためて示唆した。

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イアン・ブレマー 氏Ian Bremmer

ユーラシア・グループ社長

スタンフォード大学で旧ソ連圏における国家・統治システムの構築を研究、1994年に政治学博士号を取得後、同大学のフーバー研究所に入所。25歳で同研究所史上最年少のナショナル・フェローとなる。1998年、地政学的リスク分析を専門とするコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」を設立。国際情勢について分かりやすい情報を発信するGZERO Mediaも運営する。米『Time』誌の外交問題コラムニストおよび総合編集長、米公共テレビのレギュラー番組『GZERO World with Ian Bremmer』の司会を務めるほか、各国のメディアにも政治コメンテーターとして頻繁に出演。その傍ら、かつてはニューヨーク大学にて、現在はコロンビア大学国際公共政策大学院にて教鞭を執る。主な著書に『対立の世紀 ― グローバリズムの破綻』『スーパーパワー―Gゼロ時代のアメリカの選択』『「Gゼロ後」の世界―主導国なき時代の勝者はだれか』(いずれも日本経済新聞出版社)などがある。

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木村 浩一郎Koichiro Kimura

PwC Japan グループ代表

1963年生まれ。1986年青山監査法人に入所し、プライスウォーターハウス米国法人シカゴ事務所への出向を経て、2000年には中央青山監査法人の代表社員に就任。2016年7月よりPwC Japanグループ代表、2019年7月よりPwCアジアパシフィック バイスチェアマンも務める。

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